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2005年7月

2005年7月31日 (日)

旅の記憶ⅩⅤ またくるよ! バンコック

今回のタイの旅も明日で終わりだ。
夕暮れが迫っている。
私はチャオプラヤー河のほとりをひとり歩いていた。
あちこちに長い竿を振り出し、魚釣りをする若者がいた。
なにが釣れるのかな。
ぼんやりと釣り人達の姿を眺めていた。
ここちよい風がほほをなでる。

暑いな。
でも毎日だからだいぶ慣れてきた。
それに、携帯の水を飲んでいるから大丈夫だ。

ちょっと用を足したいと思った。
ちょうどお寺がある。
そこは観光地とはかけ離れた名もないような寺だった。

私がその寺の中に入っていくと、
小柄のおじさんが近寄ってくる。
「どうしました?」
「ちょっとトイレをかりたいのですが」
「あぁ、いいですよ。こちらです」

用をすませて出ようと思っていた。
「どちらから?」
「日本からです」
「寺をご案内します。どうぞ、どうぞ」
そのおじさんは寺の管理をしている人の様だった。

おじさんは仏像がたくさん並んでいるところへ私を案内してくれた。
「これらは全て仏様です」
「たくさんありますね」

そこには正座する仏像がたくさん並んでいた。
金箔のものがたくさんあったように思う。
私はおじさんに案内されるまま、境内を見て回った。

一通り見終わると、ベランダのようなところに椅子をだしてくれた。
二人でいろいろと話した。
「私はラオス人です。戦争があったためにタイに逃げてきました」
「たいへんでしたね」
10分くらい談笑しただろうか。

「少しばかり寄付してもらえればありがたいです。
少しですよ。お願いします」
「ああ、いいですよ」

なんとなくそんな流れになっていた。

おじさんは私を案内し、まだ若い坊さんの所へつれていく。
そこには、坊さんに成り立ての中学生くらいの少年が昼寝をしていた。
おじさんは無理やり起こす。
その若い坊さんは眠そうな顔をこすりながら、いやいや起き上がってきた。
「どうぞ」
おじさんは寄付を渡すように促す。
私は100バーツをその坊さんに渡した。
その子坊さんは、眠そうな迷惑そうな顔をしながら、だまって金をうけとり、
また寝入ってしまった。

おじさんはこれを差し上げますと、華やかな紙に包まれたろうそくを
何本もくれる。
「これもどうぞ」
細い竹の線香も何本もくれる。
「これもどうぞ」
ちっさな仏像、金めっきのつくりものを渡してくれる。

「あなたの幸せをお祈りいたします。
どうかあなたのご家族が健康でハピーでいられますように、
願っています。日本に帰ってもどうか幸せがきますように」

おじさんは私の手を両手で握りしめながら、私の目を見つめ
願ってくれる。
「あなたがハピーになれますようにお祈りします」
何度も手を握りあった。

私は思った。
こんなことばをかけてくれる日本人がいるだろうか。
これまでもなかっただろう。
これからもないだろう。
涙がでそうだった。

あのときのことは忘れることはない。
今でも、うちには、貰ったろうそくと線香が、ダンボールの中に
仕舞われている。
使われることは無いかも知れない。
きっと。

2005年7月17日 (日)

旅の記憶ⅩⅣ タクシー・ドライバー

バンコクへ来たら、ムエタイの試合を観たいと思っていた。
ムエタイとはタイ式キックボクシングである。
二つの大きなスタジアム
「ラーチャダムヌーン・スタジアム」と
「ルンピニー・スタジアム」が、日替わりで交代に開催しているようだ。
今日は「ラーチャダムヌーン・スタジアム」のほうだった。

軽く手を挙げるとタクシーは止まった。
私はいつもメーター制のタクシーを拾うことにしている。
「ラーチャダムヌーン・スタジアムへ」
「うっ」
タクシーは走り出した。
「ラーチャダムヌーンはムエタイやってるぞ!」
「ムエタイ観たいんだけど」
「おおっ!! ムエタイ観るのか?」
急にドライバーの顔が楽しくなっている。
「ルンピニー!! ラーチャダムヌーン !!」
ドライバーはボクシングの構えをとり、しゅっしゅっとやっている。
ハンドルから手が...。

チャオプラヤー河の近くでタクシーを拾った。
ドライバーに行き先を告げると
「分かった」
と言った。
少しだけ走ると、ドライバーが話しかけてくる。
「たばこ買ってもいいか?」
「いいよ」
道路脇にクルマを止め、そのドライバーは、歩いてお目当ての店に入っていった。
なかなか帰ってこない。
10分以上経ったと思う。
そのうち、にこにことしながら戻ってきた。
話し込んでいたようである。

バンコクにも競馬場があるようで、ちょっと見学に行ってみようと思った。
タクシーを拾うと、明らかにインド人と分かるドライバーだった。
「競馬場へ」
「おっ」
タクシーは走り出した。

途中、観光案内がてら、
「あれが○○王宮だよ」
「ほほぅ」
「あれが○○記念塔だ」
「ほほぅ」
親切に説明してくれる。

そうこうしているうちに、なんか目的の方へ向かってないように思えてきた。

「競馬場へ行きたいんだけど...」
ドライバーは
「○○見るかい?」
また別の場所を見せようと、進行方向を変えている。

市内観光にタクシーを拾ったのではない。
「直接競馬場へ行ってくれ!」
それでも、ドライバーは私の言うことを聞かず、次の場所を案内しようとする。

頭にきた。
「競馬場へ行けぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
私は大声で怒鳴った。

「おおっ。競馬やるのか? 今日はやってる日だ」

なんとか目的地までたどり着いた。
メーター制のタクシーなので、ドライバーはメーターの方を合図する。
くそっ。と思いながらも支払いはするしかない。
細かい額がなかったので、大きい額で払った。
当然おつりは貰うものだと思っている。

「いいだろう?」
ドライバーは、大きな澄んだ目で私を見つめながら、ささやいた。

「・・・」
私は興奮していたが、そのままタクシーを後にした。

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2005年7月 9日 (土)

旅の記憶ⅩⅢ 食堂「さくら」

チェンマイにも日本料理の店がある。

ガイドブックを頼りにぼつぼつ路地を歩き、やっとその店
を見つけることができた。
レストランという紹介だったが、実際には田舎食堂
といったほうがいいようだ。

入り口では、四人か五人のひとが縁台で将棋のような
ものをやっている。
日本語で話しているのが聞こえた。

私はその店の中に入っていった。
店内はテーブルが四つか五つある程度の小さな構えだった。
ビールと簡単な丼ものを注文し、できるのを待っていた。

注文したものが出され、ぼそぼそと食べていると、となりの
テーブルに日本人の家族が入ってきて、店の主人と気軽に話を交わしている。
こっちにはだいぶ滞在しているようだ。
家族での会話がすぐ横で聞こえてくるが、どこかで聞いたことのある方言だ。

「どちらから?」
と私は訊ねた。

驚いたことに、その家族は自分と同郷の人だった。
自分より少し年上の旦那さんと奥さん。そして小さな娘だった。
タイの民芸品や骨董品を買い入れ、日本に持ち帰って売るというような
商売をしているそうだ。
ここにきて出会うとは奇遇だと思った。

「はなび はねぇ」
その小さな娘は父親に何か話しかけている。
はなび という名前のようだ。
ぱっと開く花火の綺麗さをつけたのか。
でも、すぐ消えてしまうが...。

そのうち、その父親である男は、
「知り合いが近くにいるんだけど、行ってみる?」
という。
「行ってみようか」

その男のバイクが近くに止めてあり、後ろに積んで貰い、
目的の場所へ向かった。

十分ほど走ったろうか、ひろびろとして、庭のある建物の敷地に
入っていった。
平屋のアパートのようだ。
バイクから降りると、その人の知り合いらしい男がいた。
顔はだいぶ日焼けして、年齢も自分と同じくらいだ。
目が眠そうにしている印象だった。

三人でその建物の縁側で話していたが、その知り合いの男は
日本人で、チェンマイに長期滞在しているようだ。
日本の冬にスキー場などでアルバイトし、こがねが溜まるとこっち
にきてぼんやりして過ごしているという。
また、タイ語を学ぶため現地の女性を家庭教師に雇っているそうだ。
時給100バーツと言っていた。

父親である男は言った。
「さっきの店。表に何人か居たろう。
関わらないほうがいいと思って君を連れ出したんだよ」
さっきの店の日本人は何か旅行者を見つけると、よからぬこと
をするというような話だった。

そのうち、先ほどの店で会った奥さんも現れた。
家族でこのアパートを借りているようだ。
しばらく皆で談笑して、ゆったりとしたときを過ごした。

そのうち彼らはタバコに何やら入れて吸い始めた。
「やってみる?」

マリファナの類だと思う。
興味はあったが、
「いいよ」
私は断った。
白い粉が着ているものに付いて、空港で見つかったりしたら、
人生変わるから...。
と思った。

これ以上話していても、自分の旅が止まってしまうと思った。

「それじゃ。ありがとう。これで」

そこで皆と別れた。

日本人でこっちに長期滞在し、ぼんやり過ごしている人は結構いるようだ。
目的もなく(多分そうだろうな)。
日本の社会が嫌になってしまったのかな、と思った。

後日、故郷へ帰ったとき、その男の店という教えられた場所を探したが、
見つからなかった。

2005年7月 3日 (日)

旅の記憶ⅩⅡ チェンマイ行深夜急行

バンコクのファランポーン駅で切符を買った。
「チェンマイまで、寝台」
「上?下?」
駅員は訊いてくる。
「上」
「500バーツ」
もう夕刻になっていたと思う。
私は車両に乗り込み、切符に書かれたシート番号を探した。
ここだな。
でも、先客がいる。
4人がけのボックス席になっているので、同じボックスなのかな。
と思っていた。
隣に座ろうと思い寄っていくと、先客のおばさんが何やら言っている。
席を間違えたのかな。チェックしたけど間違えてない。
そのおばさんは言った。

「まだ客がいないから、そっち(反対側)へ座ってれば」
「混んできたら代わればいいよ」
たしかに混んではいない。
「ちぇっ。ずうずうしいなぁ」

乗客もあまりいないまま、列車は動きだした。
さっきのおばさんはどこへ行ったか、姿が見えない。
あれは乗客だったの?
私は自分の席に戻った。

列車はスピードを速める。
夕暮れの中をがたごとと進んでいく。
扇風機がかたかたと音を立てて回っている。
そのうち、車掌が回ってきた。
食事の注文をとってるようだ。
そうかぁ。食事が車内でてきるんだ。
ピールとその他二品たのんだ。
車掌がテーブルの準備をし始めた。
座っている4人がけのボックスに上手に
テーブルをこしらえる。
へ~え。こんなことできるんだ。

車内の料理はあまり良くなかったと思う。
でも、いい感じで列車は進んでいく。
暖かい風が窓から入り、夕暮れの移り行く風景が、なんともいえない
旅情を感じさせる。

だいぶ暗くなってくると、車掌がベッドの準備をしてくれる。
私は疲れた体で横になると、すぐに眠ってしまった。
夜は何度か列車の揺れに目を覚ましたが、そのうち辺りは明るくなり、
朝を迎えた。

チェンマイ駅に降りると、水道の蛇口があったのでそこで顔を洗い、
タオルで拭いていた。
兄ちゃんが寄ってきて、また何やら言っている。

「今日のホテルは?」
「決めてないよ」
「ここどう。○○ゲストハウス」

凄く安いけど、清潔そうな宿の写真を見せてくれる。

「いいよ。自分で探すから...」
「他の客に言ったら?」

「・・・」

「他いない...」

周りをみると、客は自分ひとりのようだ。
その兄ちゃんとは目を合わせて別れた。
彼が、寂しそうな顔をしていたのを憶えている。

私は、チェンマイ駅から、ぼつぼつとあてもなく歩き始めた。

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