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2005年6月

2005年6月19日 (日)

旅の記憶XI ようこそ上海

上海へ初めての旅。

和平飯店に宿をとり、街を散策に出た。
ぼつぼつと歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「どこから来たの」
「日本」
「どこ行くの?」
「とくに決めてないよ」

声を掛けてきた相手は中国人だが、日本語もかなり話せるようだ。
「自分は船乗りで、よく海外に行くんだよ。日本にも行ったよ」
といいながら、写真の貼ってあるパスポートを見せる。
なにやら、にこにこと愛想のいい人だった。
怪しげだが、悪そうな男には見えない。
一緒につられて歩くことになった。

「ちょっとそこ寄っていかない?」
薬屋に誘っているようだ。
「これ知ってる? 日本でもよく売ってるやつ」
なんだか見覚えのあるものだった。
健康ドリンクをすすめているようだ。
日本でよくコマーシャルやっているものだ。
それは安いものだったのでつられて飲んでみた。
特にうまくも、まずくもない。

「なんか買いたいものないの?案内するよ」
「特にないけど、なんかいいもの売ってないかな?」

その男はあてがあるらしく、案内してくれるようだ。

一緒に行ったのは、骨董品の類を路上で販売している地域だった。
その男は路上で並べてある商品を見ながら、売り手の男と何やら
現地の言葉で話している。
「これは中国の明の時代のもので、なかなか手に入らないものらしい」
「これは、国外へは持ち出せないものだよ」
などど説明してくれる。
たくさんの売り手の男が盛んに自分に売りつけようと迫ってくるのを
制止してくれる。
気を遣ってくれてるようだ。

そんな会話をしながら、そのいったいをぐるりと回った。
その男は路地でふと立ち止まり、こう言った。
「なにかいいものあった?」
「あの墨買ってみようか」
自分の父親の趣味の書道具をお土産にしようかと考えていた。
「MAXいくらまでなら出せる?」
「う~ん。1千元かなぁ」

その男はこう言う。
「ちょっと待っててくれる。日本人がいたら
高くふっかけられるから自分ひとりで交渉してくる」
と、ひとりでその売り場へ向かった。

しばらくすると、その男はにこにこしながら戻ってきた。
「交渉して、千元のところを、9百50元にまけさせたよ」
「へ~え。うまくやってくれたなぁ」

その男がおつりの50元を返してきたが、私はお礼にと受け
取らなかった。

日本に戻って、その墨がどの程度の値打ちのものか、池袋にある
骨董品屋へもって行き、鑑定してもらった。

「中国で買ったのですか。
あっ、これは最近のものですね。いくらで買いました。
いまは電子レンジを使ってわざとひびをいれて、古く見せて売ってる
ことがよくあるんですよ」

むなくその悪い船乗りだったなぁ、と思っている。
<左>{fi2621127_1e.jpg}</左>
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ほじほじ

2005年6月12日 (日)

旅の記憶Ⅹ 快適シャワー

ラオスに近いタイ北部の町ノンカーイへ行って見ようと思った
のは、なんだか風変わりな、仏教のモニュメントがあるという
ことをガイドブックで読んだからだ。
バンコクから飛行機に乗り、コンケーンという町に着いた。
特に珍しいもののない街中をぶらぶらとしたあと、コンケーン
駅に向かった。
駅ではノンカーイ行きの列車に乗るのにだいぶ待ち時間があり、
私は駅舎の中でくつろいでいた。

そのうち列車の時間も迫ってきたので、駅員に切符を頼んだ。
なんだかおつりが多かった。1千バーツ出したのに、おつりは
それを超えていた。私はその駅員に五百バーツ札が入ってるよ。
と、親切に教えてあげた。百バーツと五百バーツを間違えたようだ。
その駅員は恥ずかしそうに、笑いながらおつりを取り替えていた。

ノンカーイに着いたら、さて宿探し。
宿なんてすぐ見つかるだろうと思っていたが、なかなか。
ちょうど年末で、西洋人がたくさん来ている。
初日の出を見ようと観光に来ているようだ。

あてにしていた宿は全て満員。
3宿も当ったが、どこもいっぱいだった。
最後におんぼろの宿でもいいか、とあたってみたが、そこすら
だめだった。
きょうは野宿になるのかなぁ。
困っていると、そのおんぼろ宿の若い少年が、○○のとこへ行って
みれば、と自分をそこに案内してくれた。
その宿はさらにオンボロだった。
真っ黒に日焼けしたおやじが、
「とまるのかい?」
と言った。
「ええ」
と答えた。
「こっちへ」
まずは部屋を見せてくれるようだ。
見せてもらった部屋は、お世辞にも清潔とはいえない。
ありゃりゃ~。という感じである。
「いくら?」
「百バーツ。どう?」
もう選んでいる場合ではない。
他にないからここに泊まるしかない。
「いいよ」
というと
真っ黒く日焼けしたおやじは、にっこりとして鍵を渡してくれた。

さて、共同シャワーがあるな、ちょっと入ろうか。
シャワー室のシャワーの蛇口をひねると、ゆっくりと水が出てくる。
まっいいか、これでも汗だらけの体を洗える。
見ると横にタンクがあり、水がいっぱい溜まっていた。風呂かな?
よく見ると、なにやら小さい生き物がいっぱいうごめいている。
それは、ぼうふらの大群だった。
私は、そのまま体を洗って、部屋にもどり、夜の街に出かけた。

翌朝、メコン河のほとりまで歩いていくと、しゃれた???レストラン
が並んでいる。私は立ち寄り、なにやら注文して、レストランの
オバちゃんと会話しながら、ゆったりとしたメコン河のながれを眺
めていた。
メコンの流れはゆったりと、黄色く濁っている。
源流はチベットらしい。長い道のりを流れてくるのだろうな。

街中を歩いていると、レンタルサイクル屋があった。
私はかごの付いたチャリをレンタルし、郊外へサイクリングに
出かけた。ママちゃりで。(それしかなかったから)
だいぶ走ったと思う。10数キロ走ったろう。当初の目的地である
モニュメントに向かっていた。
途中で畑の道に紛れ込んだ。
畑仕事をしている夫婦らしき人に声を掛ける。
「ワット○○?!」
畑仕事をしていた中年の人が、思いっきりこちらに向かって走ってくる。
凄い勢いだ。
「????」
私はガイドブックの絵を指しながら、場所を訊ねた。
「こう行ってこう」
彼は指差しながら一所懸命教えてくれた。
「ありがとう」
私は目的地に辿り付くことができた。
あたりはもう夕暮れ時だったように記憶している。

目指した場所には、おっきくて、何やら人口の恐竜のような、化け物
のようなつくりものがいっぱい並んでいた。
これって仏教寺院なのかなぁ。なんでこんなもの作ったのかなぁ。
よく分からない世界だった。

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また行くことはないと思っている。

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